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「古伝承を訪ねる会」第110回矢田・瓜破・長吉PART-1

第110回-PART-1
駅前天井川跡
 天井川(テンジョウガワ)とは、砂礫の堆積により河床(川底)が周辺の平面地よりも高くなった川である。川に堤防が作られ、氾濫がなくなると、河床に堆積した土砂の上を川が流れるようになり、次第に河床が上昇する。これに合わせて堤防を高くする事を繰り返すと天井川になる。 現在、全国29の都道府県に少なくとも240が存在する。うち半分の122が関西地方に、中でも滋賀県には3分の1に当たる81が存在する。
天井川が氾濫すると河床の方が周囲より高く、川に水を戻しにくいため被害が大きくなる。人口密集地など土地利用が進んでいる河川を中心に、国土交通省や都道府県が、河川の付け替え、拡幅などの公共事業を実施している。河川の改修が地理的に困難な場合には陸閘(リッコウ)*などで対応している。
*陸閘
河川等の堤防を通常時は生活のため通行出来るよう途切れさせてあり、増水時にはそれをゲート等により塞いで暫定的に堤防の役割を果たす目的で設置された施設。大阪では「淀川陸閘」が有名。
 
河内駿河屋
京都先斗町駿河屋より、正式にのれん分けを受けて大阪のこの地に店を構えた。 
駿河屋は寛正2年(1461)、初代岡本善右衛門が京都伏見で「鶴屋」として菓子舗を創業した。饅頭や羊羹などの品質向上に代々研鑽を続けていた処、天正17年に発表した蒸し羊羹「伏見羊羹」が絶品と天下に名が轟き、豊臣秀吉からも絶賛を受ける。後に千利休から助言を受け、更に改良が加えられ完成に至ったのが現代に伝わる「煉羊羹」である。 
江戸時代に入り、和歌山城主となった徳川頼宣候に召抱えられる形で鶴屋は和歌山に移り、五代将軍綱吉の息女・鶴姫が紀州家へ輿入れの折、同名をはばかって鶴屋の屋号を返上すると共に徳川家ゆかりの地「駿河」の名を授かる。以来、駿河屋は日本を代表する和菓子舗のひとつとして隆盛を続ける。
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