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「古伝承を訪ねる会」緑地公園・江坂・吹田市方面の史跡巡りPART-4

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岸龍山観音寺
 行基菩薩開創(但し、行基年譜には見えない)にして*多田満仲公本尊として崇拝され、徳川家康公大阪夏の陣中より具足を以て燈籠をつくり戦勝を祈願されたといわれる「くさづり」の燈籠を今に伝える。
僧一山が再興して臨済宗妙心寺末となるも、寛政4年9月一山の没後は法灯も消え、明治6年3月廃寺となる。現在は無住の寺で、地域の方が墓地を管理されている。
医師藤井三淳**(享保3年没)の墓石があると言うが未確認である。
*多田満仲
JR川西池田駅前にある満仲のブロンズ像. 源 満仲(みなもと の みつなか)は、平安時代中期の武将。清和源氏、六孫王経基の嫡男。多田源氏の祖で、多田満仲(ただ の みつなか、ただ の まんじゅう)とも呼ばれる。諱は満中とも記される
**藤井三淳
尼が崎城、青山侯に仕へて、若冠より叡智にして、博く経史に通じ篤く理学を好む。つひに官を辞して南郷石蓮寺村に隠る。つねに医をもって莱とし、病者に薬を与ふれども報を責めず。郷人窮する時は財を捌ってこれを賑しめ、愛憐感愍ほとんど厚し。聞くものことごとく服して父母のごとくす。しかれども権貴の家公卿の館束帛をもって幣すれども、多病(患者が多いの)で往診せず。つひに享保三年十一月十三日没す。春秋七十六歳。郷の東北岸柳山の陰に葬る。門人今西玄芳碑碣を墓前に建つ。
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